新日本観光地百選(1950年)

『新日本観光地百選』は1950年(昭和25年)に毎日新聞が主催して選定した日本を代表する百の観光地です。開催にあたっては運輸省観光部、文部省文化財保護課、厚生省国立公園部、国鉄、GHQ経済科学局などが後援にあたっています。

Jakub Hałun / CC BY-SA (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)

公募による推薦基準は「交通機関の終着点から徒歩1時間以内」というざっくりしたもので、全国各地の刊行関係者や地元を愛する人々による組織票が集まり、最終的な応募総数は7750万通を超えました。当時の日本の総人口8300万人に迫る勢いです。

選定にあたっては、選ばれた観光地を10の部門(山岳、平原、温泉、瀑布、海岸、河川、都邑、湖沼、渓谷、建造物)を10位まで選定し、合計100か所が選ばれました。のちに各部門の11位から15位で5万票以上の得票数を集めたスポットは準入選地として選定、発表されました。

100か所の中にはダムに沈んで今では見ることのできない中津川渓谷や、2016年(平成28年)の熊本地震で石垣が崩落してしまった熊本城なども含まれています。

興味深いのが「都邑」部門です。日本国語大辞典によると、都邑とは「人口の多いにぎやかなまち。みやこ。都会。」を指す言葉で、趣のある街並みを持つ場所が選ばれています。7位の「日本水郷」は耳慣れないスポットですが霞ヶ浦・北浦周辺の「水郷三都」とよばれる千葉県佐原市、茨城県潮来市、鹿島市のあたりを指すようです。

現代の基準で考えてみるとそれほどメジャーではない観光地も含まれていますが、当時の日本では有名だった、または地元の関係者の熱量が他を上回っていたのかもしれません。この百選が選定される23年前、戦前に選ばれた日本百景と比べてみても興味深いかもしれません。

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